サミット工業株式会社
世界にひとつだけの「相棒」をお届けしたい。
創業は大正8年。峯島社長の祖父に当たる初代が、個人商店を開業したのが始まりとされています。戦後、洋食器の製造・輸出が盛んになったことから、峯島洋食器(株)として法人化。以来、70年以上にわたって金属加工業を営んでいます。
「工場の移転に伴い、サミット工業と社名を改めたのが昭和48年。峯島の『峯(=山頂)』に由来します。また、当時全盛だったステンレス製品から、鉄製品の製造に移行したのもこの頃。先代である父が、大きく舵を切ったと聞いています」
当時の鉄製品と言えば、高い技術とコストを要する鋳物が主でした。そうした製品の質感を備えつつも、より安価な鉄鍋がほしい。地元の商社からそうした打診を受け、開発に着手した先代。ツテもノウハウもない当初は、材料の確保さえままならず、大変な苦労があったそうです。しかし、防錆塗装用のロボットを県内で初めて導入するなど、独自の生産体制を整備。そうして徐々に、鉄鍋専門メーカーとしての基盤が固められていきました。
「小さな頃から工場の町で育ち、先代の働きぶりを間近で見ていたこともあって、将来家業を継ぐことは、誰に言われるでもなく自然と受け入れていました」と峯島社長。高校進学後は一時親元を離れましたが、その気持ちが揺れることはなかったと言います。
大学卒業後は、燕市内の別の企業でステンレス製品の製造に従事。3年の修業を経て、サミット工業に入社しました。「家業の方は、すっかり鉄鍋専門メーカーになってしまって……。せっかく修行してきたのに、一から覚えることも多かったですよ」と笑います。
「その後、社長職を引き継いだのは忘れもしない平成20年。リーマン・ショックのあった年です。世界中でモノが売れなくなり、注文が来なくなり、工場が回せなくなり……。あの頃が一番大変でした。多くの人に助けてもらって、教えてもらって、今があります」 当時、OEM生産に特化していたため、受注の激減によって作るものがなくなってしまったというサミット工業。そんな状況を打破すべく、徐々に自社製品の開発を進めていったのだそう。
サミット工業を代表する製品といえば、まずは揚げ鍋。先代が鉄製品の製造に着手した当初から作られているもので、まさしく同社の技術の粋を集めた製品です。他に、炒め物に最適な北京鍋も製造。またフライパンにおいては、プロ仕様のものから家庭向けのもの、形状、サイズ、カラーリングまで……。バリエーションの豊富さでは全国トップレベルとのこと。
「昔は『ステンレス全盛の時代に、鉄鍋なんか嫌だ』と思うこともありました。でも、いろんな人と関わって、苦労して、たった一枚の鉄板が製品になっていく。それがきれいに塗装・梱包されて、世に出ていく。それらを見ていると、なんだか楽しくてね」と峯島社長。「自分の仕事を、天職だと思うこと。これを自分自身にも、働いてくれている社員たちにも、よく言って聞かせるんです。まずは作り手自身が、サミット工業の鉄鍋を好きでいること。それでこそ、お客様にもいい製品がお届けできるってものでしょう」と続けます。
ありとあらゆる鉄鍋を取りそろえ、機能面はおおむね網羅した手応えがあるという峯島社長。今後は、より若い世代にも興味を持ってもらえるよう、デザイン面にこだわった「カッコいい鉄鍋」を打ち出していきたいとのこと。
「鉄鍋って、使い込めば使い込むほど”顔”が見えてくるんですよ。いろんな料理に使われて、繰り返し手入れされるうちに、ひとつとして同じ表情のない、自分だけの相棒に育っていくんです。そういう、『自身と共に歩んでくれる持ち物』の魅力っていうのを、もっともっといろんな人に知ってもらいたいですよね」 世の中がより豊かに、より便利になっていく現代にも、作り手と使い手のそれぞれが「ものに魂を込めていく」ことの面白さを残していきたい。サミット工業のものづくりからは、そうした心意気が感じられました。
サミット工業株式会社
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E-mail:summitm@ dl.dion.ne.jp
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